Sweet …?



「ケーキ、作ったからお茶いれて。」
朝食の後ふらりと部屋を出て行ったきりだったルームメイトが、戻ってくるなり唐突に言った。
ハイ、と渡された皿を反射的に受け取った柳沢は、そこに載った小ぶりのホールケーキに取りあえず言葉の半分だけは理解する。
部屋の壁にかけられた時計は丁度3時を回ったあたり。
おやつにするには良い時間ではある。
ケーキをサイドテーブルへと置き、戸棚から取り出したマグカップと急須をポットの前に並べ、茶葉をばらばらと落としながら、
「…作ったって言っただーね?」
ようやく残り半分の意味が頭に到達したらしい。
肩越しに顔を振り向けてベットに腰掛ける木更津を見遣った。
「入れすぎだと思うよ、慎也。」
自分が訊ねた質問と微妙にかみ合わない答えが柳沢の頭の中で落ち着きなく巡る。
入れすぎだってば、と。
再度言われてようやくそれと気付いた時には、茶葉が急須の半分くらいにまで積もっていた。
眼の前の有様に間の抜けた驚嘆を漏らす柳沢に構わず、木更津は皿の横に食堂から持ち出してきたと思しきナイフフォークを載せる。
「さっき観月と一緒に作ったんだよ。」
ようやく先程の質問に答えながら、一緒に持ってきたナイフをケーキに差し入れるような素振りを見せて、結局止めた。
小振りなのでそのままフォークでつついてもいいだろうと彼らしく大雑把なコトを考えたらしい。
「あ、因みにヴァレンタインね。」
なるほど、今日は2月の13日。
ゲンミツに言えば一日早くはあるが、ヴァレンタインデーだった。
薄くスライスされたチョコレートが飾るココア色の生地に、トッピングされたクリームもほんのりとチョコレートの香り。
湯煎チョコのデコレーションがどことなく血糊カーテンのようにシュールなのは―…木更津の仕事ならではだ。
それらは納得いくものとして、引っかかりに突っ込んでおくべき所としては。
「あ〜…観月は、赤澤に手作りケーキなんかあげるんだーね?」
テニス部内では殆ど公認カップル状態の二人ではあるがそれは流石に引いちゃうな〜な苦笑いをアリアリに浮かべる柳沢に、木更津は小さく笑った。
しばしの逡巡。
「観月は―…僕が作るからついでに作っただけ。」
言いよどんだ、というよりは適当に思いついた言葉を繋げて作ったとでもいう体で、一応ながらの訂正を入れる。
「…淳がケーキを」
「僕が作りたいって言えば観月も作るだろうなって思って。」
ケーキの焼き方を教えてくれと。
料理の教本(因みに図書室の本である)を土産に観月を訊ねていったのは昨夜の事。
当然ながら観月は露骨にイヤそうにしたが「出来ないんだ」とささやかに呟いただけであっさり陥落した。
クールそうに見えて実は相当の負けず嫌いである観月の性格は、最早短くない付き合いの中で熟知している。
「ははぁ…んじゃ淳は赤澤に観月の手作りケーキを食べさせてあげる為に…」
うむうむと得心気に呟いた柳沢だったが、すぐに思い直した風に切返す。
「ってそんなワケないだーね。」
ノリツッコミにも揺るがない木更津の表情は相変わらず無表情なもので。
柳沢はつまらなげに淳が二つ揃えて掌に握っているフォークを一本抜き取り、身を屈めた。
大胆に削ったケーキを一欠口に運ぶ。
「流石に観月は何やらしてもソツないだーね。」
咀嚼したスポンジとクリームの味に思わず笑みが漏れた。
心底感心した風に言いながら腰を伸ばし、フォークを咥えたまま急須に手を伸ばす柳沢に、木更津は何となく釈然としない。
「あのね、観月観月って作ったのは僕だよ。そりゃ泡立てるタイミングとか焼き加減とか全部観月の言う通りやったけど。」
「観月の手作りみたいなものだーね。」
ニヤニヤと笑う柳沢のアヒル口に挟まれたフォークが、コミカルに上下に振れた。
「もー食べなくていいよ。」
「あ、あ、食べるだーね」
皿ごと取り上げ抱え込んで見せると、慌てた声で宥めの悲鳴がかけられる。
器用に片手で二つ携えたマグカップがサイドテーブルに置かれると、温かな音をたて緑茶が注がれた。
程よく蒸らされた煎茶の香りがふわりと立つ。
見た目からはあまり想像出来ないが細やかな性質の柳沢はお茶やコーヒーを淹れるのが巧い。
そしてただ「お茶」と言っただけなのにケーキに合わせたコーヒーや紅茶ではなく木更津の好みを優先して緑茶を選ぶまめやかさも持ち併せているのだ。
取り上げた皿と交換だと言うようにマグカップが差し出されるのに了承を示して見せるものの、その口元はまだ不満げな形を残している。
「…口実がいるかなって思ったんだよ。」
独り言のように呟いて、温かな緑茶を一口含む。
木更津の横に腰掛けた柳沢が不思議そうにカップに伏せるその横顔を覗き込んだ。
「女の子じゃないとチョコレートで愛情表現ってワケにもいかないし。」
つまりは誰かの作るついでだとでもいう『理由』でもなければ、本来女性主導のお祭に乗っかってみる気にはなれないという事なのだろう。
木更津の言葉にうっすら感じた困惑を、それでも瞳の中で意外そうな笑みにすげ変えて。
「別にしたっていいだーね愛情表現。」
行儀悪くフォークで人を指す柳沢に、きっと観月なら小うるさく怒るだろうと、ぼんやり思う。
「まぁ、いいと出来るかは別ってハナシだね…」
フォークでほじくるようにクリームに埋もれたアンジェリカをどける。
葉っぱでも噛むような感触のくせに粘つくような甘みがするから木更津はコレがあまり好きではない。
それなのにトッピングとしてこれが飾られているのは他でもなく赤澤が好きだからだ。
「確かに観月はそんなかいがいしいタイプじゃないだーね。」
慣れた仕草で柳沢が木更津の皿からはね除けられた緑の砂糖漬けをフォークで刺した。
躊躇う仕草も嫌そうな表情もなく口に放り込んだアンジェリカは、柳沢もキライでなかったらしい。
「でも淳だって人の恋路にかいがいしく世話焼いてやるタイプじゃないだーね。」
にやにやと笑う柳沢の鋭さに木更津はささやかに眼を眇めてその顔を見遣る。
「…だから『口実』なんだって。」
少しだけ低く、潜めた声音はそれでもいつも通り平淡だ。
そこまでは見破るクセに、どうしてその先にまでは思いが向かないのか不思議だった。
けれどもそれを眼の前のアヒルに詰めるのも馬鹿らしい。
口実ねぇ、と一人ごちるような柳沢の声。
薄いカーテンが音もなく風にひらめく。
換気程度に開けるつもりだった窓がずっと開け放たれたままになっていたが、そうと気付かない程に外は温かだった。
それ以上言葉を継ぐ気のなさそうな木更津を柳沢は少しだけ怪訝そうにしていたが、やがて何か思いついた風にフォークを持ち直して身体を傾けた。
「淳、甘い言葉を囁いてやるだーね。」
「ん?」
姿勢を正しやけに生真面目な表情を作ったアヒル顔がそっと囁くように声を潜める。
「『チョコレート』」
そのベタだか鮮烈なのか判断の迷う睦言をどう受け取るべきものか。
木更津はふう、とため息のような笑みを零し、またケーキを一かけ口に入れた。
テニス部の誇る敏腕マネージャー直々のレクチャーの下作られたケーキが下手な店で買うよりも美味しい。
けれどもその甘さはどこかまだ、物足りない。
「残念…『お汁粉』の方が好みだな。」

口実にしたのはどっちだったか、なんて。
それはどうでもいい事なのだけども。



ヴァレンタイン柳キサでした。
赤観ヴァレンタイン『BITTER & SWEET』のサイドストーリーになってます。
あれを書いた時、何かイキオイで一緒にがーっとプロット書いちゃったもの。
けど当時企画部屋もなかったし柳キサとかどこに置く気?!と我に返りまして(笑)
そのまま蔵に放り込んでたのがパソ内掃除をしてたら発掘されました。
今思えばちゃんとCP表示してルドルフ部屋に入れておけば別に問題なかったんじゃないかと思うのですが…
当時の私は何をテンパッてたものか。
因みに淳が緑茶とかお汁粉とか言ってるのは公式の好物が
つくねとか和風だからのイメージ

赤観ヴァージョンどんなだっけ?な方は下から直接どうぞ
こっそり壁紙変えました。お揃いにした
てゆうか読み返してて「眼が痛!」って思ったの…orz

BITTER & SWEET

2010.02.14




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